生き残る力。その3。
20120516
会津藩の什の掟です。
什とは師弟を教育する組織です。
−−−−−−−−−−
一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
三、虚言をいふ事はなりませぬ
四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五、弱い者をいぢめてはなりませぬ
六、戸外で物を食べてはなりませぬ
七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです
−−−−−−−−−−
世の中にはならぬものが幾つもあります。
子供のように魂が柔らかいうちに
ならぬものを肌で覚える事は良いことです。
子供にとって良いことです。
それを肌で覚えることは
彼はこれからの将来起こるであろう
人生の逆境を乗り越える力となります。
逆に大人になるまで、ならぬものを
教わらなかった若者は気の毒です。
自我が形成されたあとで、
始めて社会にはならぬものがあると
体験することはショックが大きいことでありましょう。
親が子供に与えられる最大の財産は「生き残る力」です。
どんな逆境にあっても逃げ出したりせず
明るく乗り越える力が「最大の財産」です。
霊的に見ても、子供の魂の目的はそれです。
どれだけの逆境の中で、
どれだけ明るく乗り越えられるかが、
魂が自分に課した目的です。
ですから親が子供にしてあげられる最大の保護とは
逆境を乗り越えるタフネスを育てることです。
逆境に合わないように隔離することではありません。
それは成人してから子供が苦労します。
当然子供が潰れてしまうような逆境は厳禁です。
それは虐待です。
しかし子供が自分の生活の中で出会う大変さは
多くは子供の成長にとって必要なことです。
私は社会に出てたくさんの経験をしました。
大企業のサラリーマンであっても
中小企業の経営であっても
社会は理不尽で満ちています。
この理不尽さを明るく乗り切れるかどうかが
自分が自分に課した今生のハードルです。
三歳の姪っ子に対するのと同じように
臨機応変に明るく対応できるか。です。
この子供たちもしばらくしたら社会に出ます。
その時に社会の理不尽さに遭遇することでしょう。
しかし子供が子供なりに、
臨機応変に乗り越える体験を積み重ねていれば
大人の社会の理不尽さにも
自分で明るく乗り越えることができるでしょう。
その忍耐と明るさが子供を守ります。
ですから子供に対しては
社会の理不尽さから隔離するのではなく、
子供が乗り越えられる範囲で
自力で解決させる体験が子供の宝になります。
私たちも同じです。
目の前の理不尽さの意味は何でしょう。
目の前の逆境の意味は何でしょう。
それは自分の生命力を試すハードルです。
臨機応変に明るく乗り越えるハードルです。
マニュアルの正解はありませんから
自分が悩みに悩んで、解決しようと立ち向かいます。
それが人生を、創り出しているということです。
その視点で自分に起こることは
感謝できることばかりであります。
それに気づくことが明るく乗り越える秘訣です。
そして子供に対してもそうです。
今子供が直面している理不尽さも
子供が将来苦労しないための練習体験です。
子供は親の言うとおりには育ちません。
子供は親のやるように育ちます。
子供は親の後姿を見て育ちます。
親である私たちが、
自分の人生の理不尽さから逃げ出すのではなく、
臨機応変に明るく乗り越える人生に挑戦しているのなら
子供は空気でそのことを学びます。
人生の立ち向かい方を親の後姿から無言で学びます。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
生かして頂いてありがとう御座位ます
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生き残る力。その2。
20120515
生き残る力というのは、
臨機応変の力であるとも言えます。
未来は白紙であり、
この世は予測つかない出来事を
体験できる有難い次元ですから
応用力=創造力
です。
あなたの三歳の姪っ子のことを考えてみましょう。
姪っ子はあなたの手帳を狙っています。
隙を見て手帳の大事な仕事のページに
アンパンマンを絵を描こうとしています。
あなたはどうしますか?
まず子供の手の届かないところに手帳を置きます。
もしそれでも見つかってしまって
あなたが気がついた時は、もう数ページやられていたら
あなたはどうしますか?
あらら、それはダメだよ〜。
ここには描かないでね〜。
ほらほらこっちに描こうね。
上手だね。おねいちゃんに見せてごらん。
アンパンマン上手に描けるかな?
と、イタズラ描きしてもよいチラシの裏紙を
ヒラヒラさせながら注意をそらしたりします。
それでも執拗にあなたの手帳を狙ったり、
あなたのブラウスにクレヨンで描こうとしたならば
コラっ。ダメでしょっ。と怒るかもしれません。
相手が三歳の姪っ子なら、誰でも臨機応変に対応できます。
畜生。姪っ子め。許さん。許さん。一生許さん。
と根に持つことはありませんし、
私の受けた苦しみと同じ苦しみを味合わせてやる。
姪っ子の大事な「グリとグラ」の絵本に
私もぐちゃぐちゃな落書きをしてやる。
と復讐にもえることもありませんし、
−−−−−−−−−−
質問です。
私の三歳の姪のことです。
彼女は私の仕事で使う手帳に落書きをします。
おかげで大事な資料がいくつもダメになりました。
姉に姪のことを指摘しても、その場は注意してくれますが
姉がいなくなるとまた手帳に落書きします。
落書きをしている姪に対して
感謝想起を送っているのですが
一向に落書きをやめてくれません。
静観していますが、今月に入って手帳が三冊も
ダメになってしまいました。
仕事にも支障が出て私はクタクタです。
私はどのようにすれば良いでしょうか。
これもカルマと思い、受け切ればいいということは
わかっていますが、やはり辛いです。
姪に対してどのように接するのが良いのでしょうか。
−−−−−−−−−−
という質問を投稿することもありません。
相手が三歳の姪っ子なら、
誰でも臨機応変にその場を切り抜けられます。
あなたが今日も会わなければならない
嫌な相手も、苦手な相手も、
本質的にあなたの三歳の姪っ子と同じです。
どんな人でも人間関係のトラブルは起きます。
あなただけが人付き合いが下手なのではありません。
この浮世の現世がそうできています。
生きていく上で、毎日応用力が試されています。
(深い意味で自分で自分を試しています)
だから精一杯悩んで、自分で挑戦するしかないです。
その蓄積のみが魂の厚みを育てます。
だから貴重な機会なのです。
今生でどれだけあなたは魂の厚みを増せるか。
そんな貴重な機会なのに放棄しちゃ勿体無いです。
どうすればこの悩みが解決するか、なんて
楽チンな正解を求めるのは、逆方向です。
感謝想起しても、あなたの悩みが消えることはありません。
あなたがその人間関係から逃げようとしている限りは。
もうその悩みから逃げるのやめた。と高らかに決意して
自分の応用力を全て発揮して、
その問題に真正面から取り組んだ時に、
自分の知らないところで追い風が吹くかもしれません。
だいぶ後になってから、
ああ、あれは守護だったんだなあ、と
気づくことがあるかもしれません。
とにかくどんな問題を抱えることになったとしても
逃げたりしないで、
明るく乗り切ることができるかどうか。
これにはマニュアルの正解はありません。
しかしどの選択でも逃げずに自分で真剣に考えた答えのみが
人生の真の目的では、正解なのです。
つづく。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
生かして頂いてありがとう御座位ます
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生き残る力。その1。
20120514
先日NHKスペシャルで、現代型うつ病についてやっていました。
−−−−−−−−−−
現代型うつ病について
( http://samurai47.com/us/gendaigatautu.html より)
過去にうつ病になりやすい人、というのをご紹介してきました。
「几帳面」で「責任感」が強く「まじめ」、こういった特徴を持つ人達をメランコリー親和型といい、周りの環境の期待、変化などを敏感に感じ取り、それがプレッシャーとなってしまう。ということからうつ病になりやすいと言われていました。
しかし、現代ではこういった理由ではない、別の原因の「うつ病」というのが増えているのです。
端的に言うと、「自分のルール」と「社会のルール」の違いをストレスに感じる、というような事になります。
たとえば、「毎朝同じ時間に起き、毎日会社に行く」など、今までであれば社会人として守らなければならない一般的なルール、規範などを、ストレスに感じてしまい、それを続けることが「うつの要因」になってしまうのです。
この現代型うつ病のタイプは「自己愛」、「プライド」の意識がとても強いタイプです。
そのため自分個人の価値観やルールなどと、社会の一般的なルールなどとの違いにストレスを感じるのです。自己中心的で、型にはまらない事が重要であると思っている20代〜30代の世代に多く発症している傾向にあります。
故に、ちょっと上司におこられたり、嫌な仕事をさせられたりするだけで、憂うつになります。
さらに、自分ではなく、他人を責めるといった特徴もあります。
会社で怒られたりしても、「会社が悪い」「上司が悪い」「親が悪い」というように、周りを責めることで苛立ち、憂うつになるのです。
−−−−−−−−−−
番組では最近若い世代でこの現代型うつ病が
増えていると述べていました。
ゆとり教育と関係があると指摘する教授もいました。
競争を避ける教育で育った世代が
突然競争社会に放り込まれるのですから
適応できない人たちも多発するわけです。
現代型うつ病はまだ新しい病気(?)で
わかっていないことも多いのですが
それでも専門家たちが口をそろえて指摘する
共通点があります。
それは社会に出て新型うつ病をわずらう若者は
親にヒアリングを行うと
「子供のころは良く言うことをきく『よいこ』だった」
ということです。
これについては番組の中で専門家たちが
口を揃えて「そうだ。そうだ。」と述べていました。
また実際に新型うつ病を患った若い女性の日記を
(彼女は就職して間もなく現代型うつ病となり休職。
日記には上司に対する愚痴と不満が書き綴られいた)
彼女の母親が読んでショックを受けていました。
こんな幼稚な文章を本当にうちの娘が書いたのか?
これでは小さい子供の泣き言と一緒ではないか。
もしこれが本当にうちの娘が書いたのなら
今までの私の育て方は何だったのだろうか。
ハンマーで頭を殴られたようなショックでした。
母親はインタビューでそう回答していました。
現代型うつ病の原因の一つは
ゆとり教育のように、子供に競争を経験させない
教育にあるようです。
社会に出てから理不尽社会に接するのですから
戸惑いのギャップも大きいでしょう。
原因の二つ目は、
過大な親の期待と
何とかそれに応えようとした「よいこ」の関係です。
表面は口答えもせず、
言われたことをきちんと行う「よいこ」なのですが
実は心の中の幼児性は残ったままなのです。
見かけはそつない若者であっても、
中身は幼児のままの甘ったれです。
でもあまりにもそつがないので
親もそのことに気づきません。
子供の中の未消化の幼児性の存在に気づきません。
もちろん会社の上司も最初はわかりません。
仕事のプレッシャーをかけられて
初めて隠されていた幼児性が表に出るのです。
それは実の母親でも気づかなかったことでした。
しかしそれは子供の責任ではありません。
良い子であるようにと大きなプレッシャーを
かけながら育てられると
幼児性は表に出さなくなるのは当然です。
子供は生き残るための本能の働きで
できるだけ親の期待どおりに振舞おうとします。
つづく
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
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自ら自分を立て分ける。
20120513
昨日の記事でこれからは人はますます
二種類に立て分けられると書きました。
これは外にいる神様が仕分けるのではなく
人が自分でどちらかに引き寄せられるということです。
「与える人」は「クレクレの人」に対して
どういう反応を示すでしょうか。
もうそれは、「静観」しかないのです。
もうお互い波長が合わないので、
相手に対しては「静観」しか接点がありません。
社会のつながりとして「クレクレの人」と接する
こともあるでしょうが、淡々と処理をするだけです。
非道い人だと憤慨することもありません。
自分や家族を守るためには
公的な機関に相談することは必要です。
日本は幸いに法治国家なので
法的に相談する場所はいたるところにあります。
それでも被害が出ないように淡々とするだけです。
相手がどんなに非道い人なのかを、
関係のない第三者に訴えたりこぼす必要はありません。
相手に土下座してもらわないと気が済まないとか
相手も同じように苦しまないと気が済まないとかの
漏電感情は一切わきません。
もし相手が自分の良心に背いているのなら
相手を裁くのは本人の良心です。
最も厳しい審判者です。
だからあんな良心に背く行為を続けて
気の毒だなあ。とは思いますが
復讐してやろうとは思うことはありません。
さて「クレクレの人」が「クレクレの人」と会うと大変です。
お互いの周波数がバッチリ合いますから
修羅場と漏電の世界です。
相手を謝らせないと気が済みません。
自分と同じように苦しまないと気が済みません。
関係のない第三者にも訴えないと気が済みません。
「あの人はこんなに非道いことしてるんです」
そしてお互い相手を責め、漏電してます。
誠にお気の毒です。
体内の抗酸化力もさぞ落ちているでしょう。
自分が「静観できる与える人」になるか、
「同調して漏電する相手と同じクレクレの人」になるかは
他の神様が決めるのではありません。
私たちが自分で選択して、自分で引き寄せられます。
漏電するのは自分の良心を信じていないからです。
相手にも良心があることを信じていないからです。
自分にとっても相手にもとっても
本人の良心の裁きが一番恐ろしいということを
信じていないからです。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
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日の出。
20120512
巨大な太陽黒点が出現しました。
−−−−−−−−−−
(CNN) 太陽の表面にある巨大な黒点群が地球側に出現し、3月の太陽嵐に続いて再び太陽活動の活発化が予想されている。
米航空宇宙局(NASA)の研究所によると、巨大黒点群は「AR1476」と呼ばれ、直径9万6000キロを超す巨大さで「怪物級の黒点」だという。黒点は磁場の活動によって太陽表面に黒い斑点が観測される現象で、無線信号や衛星通信に障害を引き起こす太陽フレアやコロナ質量放出(CME)の大部分は黒点群で発生している。
黒点群の活動は既に活発化していて、既に太陽フレアは過去数日で複数確認されたという。現在のところ、その規模は3段階の分類で最も小さい「C」等級だが、米海洋大気局(NOAA)によれば、今後24〜48時間の間に中規模の「M」等級の太陽フレアが発生する確率は65%、最大規模の「X」クラス発生の確率は10%のもようだ。
太陽フレアとCMEの発生は、太陽上の巨大黒点群が地球側にある間は続く見通し。太陽の赤道付近は約26日の周期で自転していることから、巨大黒点は少なくともあと13日間地球側にある。
−−−−−−−−−−
スーパームーンと金環食が、同じ月サイクル
満月→新月の中で同時に起こるのは
とても珍しいことです。
今月は発生する月の引力の落差は特別だということです。
地球の地殻にも影響を与えるでしょうし
私たち人間の精神にも影響を与えているようです。
「与える人」と「クレクレの人」の立て分けも
更に加速していくことでしょう。
私たちの冒険社会生活の日常体験においても
クレクレの人たちにわずらわされる機会が
増加していくようです。
自己犠牲をいとわない母性が強まっている人が
増えていっているのは確かですが、
自分のことしか考えられない人や企業も
ますますその傾向を強めていっています。
それらの人たちに腹を立てる時期は過ぎました。
相手に同調することなく、
自分は自分の母性に恥じない行動をとること。
嘆いたり不満に飲み込まれることなく
意志をもって淡々と静観すること。
これらの態度がますます重要になります。
さてこの稀有な月の引力が激しいこの半月の期間に
モンスター級の太陽黒点が出現しました。
人類は更なる立て分けの加速を覚悟しなくてはなりません。
更に目が開いて母性を発露させる人と、
痛みから逃げるために更に無明の暗闇に冥くなっていく人と。
そして人類の精神面だけの影響ではありません。
月によって大きく揺さぶられた地殻に
太陽からの強力な電磁波と荷電粒子が降り注ぎ
大災害を誘発する危険性があります。
−−−−−−−−−−
[2012-05-11 21:19:22 | 伊勢白山道]
巨大黒点が出現したそうですが
。。。明日から数日間が山です。
X級フレアが起こらないように感謝想起してます。
−−−−−−−−−−
[2012-05-11 21:15:07 | 伊勢白山道]
明日5・12は、日の出前の夜明けに起きている人は、感謝想起しましょう。
来週への布石です。
−−−−−−−−−−
日の出前が重要なのですね。
日の出の太陽は人類の内在神と直結しているから。
調べると日の出は4時38分でした。
日の出前に目覚ましをかけて床につきました。
ふと目が覚めると3時40分でした。
布団の中から窓の外を見るとまだ暗い夜です。
次は目覚ましアラームで目が覚めました。
4時15分です。
窓の外はだいぶ白んでいます。
失礼ながら布団の中で感謝想起をさせて頂きました。
でももう空がおごそかな雰囲気で正直驚きました。
私は凡人ですので、
この夜明け前の空になにごとがおはすかは、
まったくわからないのではありますが、
ただかたじけなく言葉もありません。
次に気がつくとも4時50分でした。
いつのまにか寝ていたようです。(^^;;
もう空はすっかり明るいです。
日は昇ったようです。
肝心な瞬間は寝てしまいましたが、
空には、おごそかな空気はまだ満ちていました。
これから普段の日常生活の中でも
このおごそかさを身近に感じる機会は
今後どんどん増えていくことでありましょう。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
生かして頂いてありがとう御座位ます
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閑古鳥の秘密。
20120511
−−−−−−−−−−
流れが変わりました
[2009-05-17 10:14:14 | 伊勢白山道]
この世では「与える」気持ちを心掛けるだけでも、運勢は好転
し始めます。同じく「与える存在」が寄るからです。
経営者も儲けたい間は、儲からないのです。
儲けたい欲は、仕事内容や社員の待遇にも反映しているもの
です。その匂いを御客様は無意識で感じ取り、何か魅力を感じ
ずに避けます。
−−−−−−−−−−
先日のゴールデンウイークのことです。
弟夫妻がフリーマーケットに出品するというので
我が家も不用品の古着や雑貨を拠出してきました。
その日は荷物の運搬だけで済むかと思いきや
諸々の事情により私も店番を手伝うことになりました。
それでもどうせ暇だから
iPadからブログの記事を書けるだろうと思いきや
開店直後からかなり忙しくとても記事なんて書けません。
休載のお知らせだけはかろうじてアップできた次第です。
さてフリマの店主経験ですが
やって見るといろいろ面白いことがわかります。
うむ。
私の母が孫たちに買ってくれたブランド洋服です。
3着700円の値付けでしたが開店と同時に売れました。
ヨメは
「いいものだったのにあれだけ持ってかれた〜。
もっと高くすれば良かったかなあ」
昼過ぎまでこぼしていました。
ここが商売の難しいところです。
何がって?値付けのことではありませんよ。
こちらが「与えた」で毎回の商売を完結させることです。
これは強い意志力を持って自覚して行うことです。
無自覚に「売った買った」をやると、知らないうちに
「奪った、奪われた」の関係になります。
「与えた、与えられた」の関係ではなく。
プロの商売人とはどんな取引でも、最後には
「客に与えた」でククれる人のことです。
ブランド子供服ですが、確かにいいものですが
うちの子供たちはもう着れません。
もし売れ残れば仕方ないから捨てるしかないと
ヨメは考えていました。
もし着てくれる子供がいるのであれば
タダで良いので持って行って欲しいと考えていました。
700円儲けるのが目的ではありません。
さてそういう心持ちでフリマに出品したのですが
開店早々、目利きのお客が、数ある古着の中から
ブランド子供服だけを選んで買って行ったことに
ヨメが無自覚に「奪った、奪われた」反応をしたのでした。
そのお客さんが、
「やった。こんなに安いの?儲け〜。」
という反応をすると、売る側の人間は引きずられて
「あちゃ〜。安すぎたか。しまった〜。」
という反応が出てきてしまうのです。
意識しないと必ずそういう脊髄反射を起こします。
強い意志力があれば、お客のそういう反応に
引きずられることなく、
「まあ、この古着使ってもらえるのですか。
ありがとうございます。
まあ、700円も頂けるのですか。
更にありがとうございます。」
と心中で感謝の気持ちを置くことで
「奪われた」ではなく「与えた」で
その取引をククることができます。
そしてそのお店の「与えた」という空気の蓄積が
知らず知らずにそのお店にお客を惹きつけるのです。
繁盛しているお店の共通点です。
しかし無自覚な反応で商売を続けると
「奪った、奪われた」のワダチから抜け出せません。
「安売りして失敗した〜とられた〜」と思う人は
次はどういう態度をとるかわかりますか?
今度はできるだけ高く売ろうとします。
まずお客の様子を見て、
「幾らまでなら出すかな。
できるだけ高く値付けしないと〜」
というボッタクリ根性がムクムクと湧きます。
お客はそういう雰囲気には敏感ですから
値段そのものではなく、
もうその雰囲気でお客がひくのです。
閑古鳥がないている大半のお店の共通点は
客から「奪ってやろう」感が漂っています。
どうしても売れないと、今度は再び安売りに走ります。
そうすると再び「あちゃ〜。安すぎた。しまった。」です。
売れても売れなくても「奪った、奪われた」となります。
私は、こりゃ意志力を試す良い機会だなと思い、
一品売れる毎に、意識的に「与えた」感で
売買をくくる練習をしていました。
楽しかったです。
やはり仮説どおり、一日中お客さんが絶えませんでした。
フリマはどこも同じようなものを売っているのに
いつもお客さんがいるブースと
全然人が寄り付かないブースがあるのは不思議ですね。
どうしても売り上げ成績が上がらない営業マンは
フリマで「お客さんに与える」感の練習を
するのも良いかもしれません。
営業ノルマも売り上げの縛りもないなかでも
お客さんからの
「奪った、奪われた」
に反射することなく、自分の意志で
「与えた、与えられた」
で締めくくるのにはコツが必要です。
でもプロの営業には絶対必要な能力です。
ちなみに
「全品10円だよ〜」
としても売れるわけではないのです。
「与えた、与えられた」が発生しないと
お客さんは寄って来ないのです。
安ければ買うというものではないのです。
全品10円でも全然お客さんが集まらない
お店もたくさんありました。
お客さんに不用品を押し付けたいという意識があれば
それはお店の雰囲気として出てしまうのです。
「与える」意識がなければ人は寄りません。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
生かして頂いてありがとう御座位ます
←いつもポチして頂いてありがとうございます。
←こちらは本家伊勢白山道へ。
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流れが変わりました
[2009-05-17 10:14:14 | 伊勢白山道]
この世では「与える」気持ちを心掛けるだけでも、運勢は好転
し始めます。同じく「与える存在」が寄るからです。
経営者も儲けたい間は、儲からないのです。
儲けたい欲は、仕事内容や社員の待遇にも反映しているもの
です。その匂いを御客様は無意識で感じ取り、何か魅力を感じ
ずに避けます。
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先日のゴールデンウイークのことです。
弟夫妻がフリーマーケットに出品するというので
我が家も不用品の古着や雑貨を拠出してきました。
その日は荷物の運搬だけで済むかと思いきや
諸々の事情により私も店番を手伝うことになりました。
それでもどうせ暇だから
iPadからブログの記事を書けるだろうと思いきや
開店直後からかなり忙しくとても記事なんて書けません。
休載のお知らせだけはかろうじてアップできた次第です。
さてフリマの店主経験ですが
やって見るといろいろ面白いことがわかります。
うむ。
私の母が孫たちに買ってくれたブランド洋服です。
3着700円の値付けでしたが開店と同時に売れました。
ヨメは
「いいものだったのにあれだけ持ってかれた〜。
もっと高くすれば良かったかなあ」
昼過ぎまでこぼしていました。
ここが商売の難しいところです。
何がって?値付けのことではありませんよ。
こちらが「与えた」で毎回の商売を完結させることです。
これは強い意志力を持って自覚して行うことです。
無自覚に「売った買った」をやると、知らないうちに
「奪った、奪われた」の関係になります。
「与えた、与えられた」の関係ではなく。
プロの商売人とはどんな取引でも、最後には
「客に与えた」でククれる人のことです。
ブランド子供服ですが、確かにいいものですが
うちの子供たちはもう着れません。
もし売れ残れば仕方ないから捨てるしかないと
ヨメは考えていました。
もし着てくれる子供がいるのであれば
タダで良いので持って行って欲しいと考えていました。
700円儲けるのが目的ではありません。
さてそういう心持ちでフリマに出品したのですが
開店早々、目利きのお客が、数ある古着の中から
ブランド子供服だけを選んで買って行ったことに
ヨメが無自覚に「奪った、奪われた」反応をしたのでした。
そのお客さんが、
「やった。こんなに安いの?儲け〜。」
という反応をすると、売る側の人間は引きずられて
「あちゃ〜。安すぎたか。しまった〜。」
という反応が出てきてしまうのです。
意識しないと必ずそういう脊髄反射を起こします。
強い意志力があれば、お客のそういう反応に
引きずられることなく、
「まあ、この古着使ってもらえるのですか。
ありがとうございます。
まあ、700円も頂けるのですか。
更にありがとうございます。」
と心中で感謝の気持ちを置くことで
「奪われた」ではなく「与えた」で
その取引をククることができます。
そしてそのお店の「与えた」という空気の蓄積が
知らず知らずにそのお店にお客を惹きつけるのです。
繁盛しているお店の共通点です。
しかし無自覚な反応で商売を続けると
「奪った、奪われた」のワダチから抜け出せません。
「安売りして失敗した〜とられた〜」と思う人は
次はどういう態度をとるかわかりますか?
今度はできるだけ高く売ろうとします。
まずお客の様子を見て、
「幾らまでなら出すかな。
できるだけ高く値付けしないと〜」
というボッタクリ根性がムクムクと湧きます。
お客はそういう雰囲気には敏感ですから
値段そのものではなく、
もうその雰囲気でお客がひくのです。
閑古鳥がないている大半のお店の共通点は
客から「奪ってやろう」感が漂っています。
どうしても売れないと、今度は再び安売りに走ります。
そうすると再び「あちゃ〜。安すぎた。しまった。」です。
売れても売れなくても「奪った、奪われた」となります。
私は、こりゃ意志力を試す良い機会だなと思い、
一品売れる毎に、意識的に「与えた」感で
売買をくくる練習をしていました。
楽しかったです。
やはり仮説どおり、一日中お客さんが絶えませんでした。
フリマはどこも同じようなものを売っているのに
いつもお客さんがいるブースと
全然人が寄り付かないブースがあるのは不思議ですね。
どうしても売り上げ成績が上がらない営業マンは
フリマで「お客さんに与える」感の練習を
するのも良いかもしれません。
営業ノルマも売り上げの縛りもないなかでも
お客さんからの
「奪った、奪われた」
に反射することなく、自分の意志で
「与えた、与えられた」
で締めくくるのにはコツが必要です。
でもプロの営業には絶対必要な能力です。
ちなみに
「全品10円だよ〜」
としても売れるわけではないのです。
「与えた、与えられた」が発生しないと
お客さんは寄って来ないのです。
安ければ買うというものではないのです。
全品10円でも全然お客さんが集まらない
お店もたくさんありました。
お客さんに不用品を押し付けたいという意識があれば
それはお店の雰囲気として出てしまうのです。
「与える」意識がなければ人は寄りません。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
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裸一貫の恩寵。
20120510
水の星座さんからコメントを頂きました。
−−−−−−−−−−
さて。私は、もうすぐ住む場所がなくなります。しかも、現在無職です。
人生ではじめて、考えて動いてのフル稼働を経験させて頂いています(笑)。
中年にして、非常〜に刺激的な毎日です(泣/笑)。
頑張ります(^O^)/。
−−−−−−−−−−
昨年夏、資金繰りがどうにも目処が立たず
会社をたたむ覚悟をしました。
他社から引き合いのある優秀な社員は手放し
他の社員は助成金の補助を受けて
いつでも休業させられるように整えました。
それでも立ち行かないことを想定して
会社を身売りする交渉も水面下で行っていました。
そんな会社生き残りで苦戦していた時に
考えたことは、お客さんがして欲しいことを
してあげようということでした。
あと数ヶ月で資金が尽きて
社員もみんな休業させるのであれば
今うちのサービスを利用してくれている
あるいはこれから利用しようと考えている
お客さんに、出来るだけのことをしよう。
いろいろ悩んで万策を行動した結果の結論でした。
株主から売り上げ向上の圧力があるうちは
何とかそのノルマに応えようと頑張っていましたが
より効率よく稼ぐにはどうしたら良いかしか注視できず
お客さん一人一人の声に耳を傾けることができなくなっていました。
その結果お客さんとの間に同時多発的にトラブルが発生し
(=契約のキャンセル)
厳しい売り上げ目標を達成するどころか
一気に会社の存続が危ういところにまで追い詰められました。
ほんの数ヶ月のことでした。
さてもう会社をたたまなきゃならない覚悟をした時
心の中ではもう失くすものはないなと思いました。
(これが最悪を想定することの大きな効果です。)
では自分の母性に従って、自分たちの最善を
お客さんに提供しようと決意できたのです。
その頃はもう株主からの圧力が無かったのも幸いしました。
目先の利益ではなく、お客さんの視点に立つということを
本気で始めたのです。
もちろんお客さんの要求に全部応えられるわけはありませんが
その時は誠意を尽くして説明しました。
そんな姿勢を貫こうと決心した瞬間に風向きが変わりました。
他の社員にはわからなかったようですが、
私の中の良心が、風向きが変わったことを知らせてくれました。
数ヶ月で資金繰りは改善しました。
結局社員を休業させることもなくなり、
身売りの話も水面下のまま終結させました。
それどころか決算が黒字となり
しかも創業以来の利益が出て
始めて社員にボーナスが支給できました。
これもたった数ヶ月の変化です。
たった数ヶ月で資金繰りが改善して
それもどうやら恒常的な変化であることで
株主たちは狐につままれた顔をしていました。
今まで営業やマーケティングに関わる膨大な本を読み、
その手のプロたちと一緒に何年も試行錯誤しても
とうとう赤字を解消することはできませんでした。
しかし、本当の経営の改善は
社長で最終責任者の私が、本当に追い詰められて
もう失くすものはないと、最悪を想定した状態で
なら残された会社存続の期間は
自分の良心に従ってお客さんの立場で行動しようと
決心した瞬間に起きたのでした。
内面の世界と外面の世界は180°逆です。
外面の世界で何も失うものがない人が
最も良心の発露が起きやすい人です。
キリストのいう最も神の国に近い人です。
反対に、失うものが沢山ある人は
良心の発露の難易度がとても高い人です。
その視点では、追い詰められる境遇とは
真実は、内在神からの恩寵であるといえます。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
生かして頂いてありがとう御座位ます
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預けられたハンドル。
20120509
先日茨城で竜巻による大きな被害がありました。
日本でこのような巨大な竜巻は今までは珍しいことでした。
先日の爆弾低気圧のように
今後は極端な大気の異常気象も増えることでしょう。
竜巻の避難は津波とは逆です。
下に下にが鉄則です。
地下がある建物なら地下に。
一戸建てなら一階に。
窓ガラスは割れるのを前提に
窓がない場所に避難。
竜巻大国アメリカでは、大半の家に地下室があります。
竜巻避難では地下室が最も安全だからです。
地下室がない場合はバスタブに避難するよう指導されています。
家が土台から持ち上げられるような竜巻であれば
もうバスタブに避難しても効果はないかもしれませんが
屋根が吹き飛ぶレベルの半壊であれば
布団をかぶってバスタブに隠れることは有効です。
家屋の構造上、風呂場は狭くて構造物に囲まれているので
強風でも持ちこたえやすいことと、
バスタブの中だと横から飛んでくる飛散物から
身を守りやすいからです。
屋外で竜巻に遭遇したのなら、
進行方向から直角に逃げること。
どうしても逃げられないときは
車から出て、道路の側溝に身を隠すことです。
両手を首の後ろに組んで後頭部と
首の付け根を守る姿勢が重要です。
(この避難姿勢は屋内でも共通)
竜巻の条件であるスーパーセル(巨大積乱雲)の発生は
気象庁から天気予報などで知らされますから
地震よりは予知性は高いといえます。
自分の住んでいる場所がスーパーセルの通り道ならば
その間は空の様子を警戒すれば良いでしょう。
竜巻の前兆は
1、空が突然暗くなる
2、風が冷たくなる
3、落雷
4、雹
と言われています。
木造や軽量鉄骨の家に住んでいる人は
スーパーセルが通り過ぎるまでは
近くの大型ショッピングセンター内で
買い物(避難)することも良いかもしれません。
鉄筋コンクリートの建物内は安全です。
このように自然災害が激しくなってきていることは
もう誰の目にも明らかになっています。
しかしこれは必ずしも悲観することではないように思います。
私たちの想念が現実に影響をあらわす度合いが
増してきているという証拠でもあります。
今までは幽界という緩衝帯が存在していました。
このおかげで正直者が馬鹿を見ることも普通にありましたが
人類が我良しの想念を発しても
自然のバランスは崩れることはありませんでした。
昨今の連続している自然災害の発生は
もう幽界という緩衝帯は消えつつあり
人類の想念が直接地球の運命のハンドルを
握りつつあるということを意味します。
多くの人が勘違いしていることなのですが
私たちが地球に守って「もらう」のではなく、
私たちが地球と地球環境を守るのです。
ふうむ。
私たちの胸から発する感謝の磁気の総和が
地球を保護するバリアとなります。
地震や津波や火山や台風や竜巻に
襲われたくないから地球に感謝想起するのではなく
人類の感謝想起磁気が、地球と地球環境を守ることができるので
私たちは大地に感謝想起を送るのです。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
生かして頂いてありがとう御座位ます
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よろこびの体験。補足。
20120508
読者の綾鷹さんからコメントを頂きました。
−−−−−−−−−−
まるぞうさんの可愛い甥っ子さん、姪っ子さんの無垢な創造と母性に障害はないと思います。なぜ成長するに従って障害が立ちはだかるのでしょうか?私も幼い頃は母性全開でした。でも成長するにつれ心が、気持ちが折れる事が沢山あり過ぎました。なぜ人は無垢なまま天真爛漫に創造と母性を開花させる事が難しいのでしょうか?まぁそんな世の中は成り立たないのでしょうが、何だか悲しい事のように思われます。
−−−−−−−−−−
気持ちが折れるようなことがたくさんある
大人の今の状態が待ちに待った本番なのです。
幼児の段階はまだウォーミングアップに過ぎません。
自我が薄い状態で内在神を発露させても
それは現実界 に来る前の状態とたいして変わりません。
幼児の段階とはテニスの試合の前のラリーと同じです。
ポイントのプレッシャーはなく
身体をならすためにボールを打ち合います。
そしてゲームが開始されます。
ポイント(自我の欲求)というプレッシャーの中で
自分たちの真我を発揮できるかというゲームです。
心が折れることが多い状況とは
期間限定の貴重な挑戦の機会である証明です。
自分の真我を発露させる体験の。
「創造」
スティーブ・ジョブズは毎朝鏡を見ながら
今日が人生最後の日とするならば
果たしてそれを行うだろうか?
と自分自身に問いました。
これは自分の真我の創造の声を確認するのに
非常に有効な手段であると思います。
今この瞬間自分がこの世を去るのであれば
そのことはするであろうか?
自分は何をするであろうか?
もし今日の午後、この世を去るとして
自分が元々行おうとしていたことと
人生の最後にやるべきことの差があまりない場合
その人は真我が発露していると言えます。
しかしたくさんのしがらみに縛られて
最後にやるべきこととかけ離れている場合
または自分が死ぬことなど想像もできない場合
真我の発露から遠い状態といえます。
「調和(=思い遣り)」
日常生活ではどうしても許せない相手は出てきます。
最近私は、憎たらしい相手や、許せない相手に会うと
次のように感じます。
もし何兆年も一人ぼっちでいて

そんな中その憎たらしい相手が尋ねてきたらどうでしょう。
もう憎いとか許せないという感情はないでしょう。
だって何兆年ぶりに会う自分以外の人ですから。
話したいことは山ほどあります。
自分はとうとう一人ぼっちではないのだ。
最大の誠意を持って歓待するでしょう。
根源の存在は何兆年も孤独で退屈でした。
この宇宙にある時間という事象は一方通行ではありません。
根源が体験し続けた何兆年もの孤独と退屈は
今の私たちの日常生活の中に同時に存在します。
「破壊(=障害もしくは死)」
−−−−−−−−−−
真剣な生活は凄い気付きに
[2010-09-17 10:50:30 | 伊勢白山道]
それから、老人の真剣な生活が始まりました。
とにかく誰もいないのですから、コケるだけで、そのまま死んでしまうかも知れません。注意しながら、今日が最後に成るかも知れない一日一生な生活が始まりました。
毎朝、日の出と共に起床し、今日は何を食べるかを考えることから始まります。朝食を食べ終わると部屋掃除をし、今度は昼飯の準備です。
昼飯が終わると、今度は大切な食料を作る畑仕事です。そして、夕方に成ると木を燃やして風呂を準備し、夕食を食べると、もう疲れはててバタンキューです。
テレビを見ても聞こえないし、誰とも会えないのですから、自分の生活だけを真剣に見つめておられます。
老人は、この生活が「最高に楽しくて仕方が無い」と明るく言います。
毎日、自分の死を覚悟して見つめて生きていますと、朝に目が覚めると
「ああ今日も生きているのか。有り難いことだ」と心から思うそうです。
そして、外の畑や山々の景色が、本当に光り輝いているのが薄い視力で分かるそうです。
−−−−−−−−−−



創造と死は同じ事象の裏表です。
死を意識するときのみ、
人は自我を超えて真我の声を聴くことができます。
自分が死ぬことを忘れちゃっているとき
あるいは死ぬことから逃げているときは
自我の縛りから自由になることはありません。
そして人は死を意識して、初めて
自分は感謝することだらけに囲まれていることを知ります。
人生の価値とは生きた時間の長さではありません。
感謝すべきことに気づけている瞬間を
どれほど体験しているか。です。
何十年も生きても、
惰性や不平不満だけで一生の大半を消費する人生もあれば
十三年しか生きなくても
普通の大人の何倍もの濃い人生もあります。
死を意識しながら、思いっきり生きることを
「中道」とも表現します。
死を忘れて現世のしがらみで漏電して生きることと
死に飲み込まれて厭世的に世捨人として流すことの
間にある生きるよろこびの道ですから。
感謝の視点(=生死の視点)で生き切ることと同義でもあります。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
生かして頂いてありがとう御座位ます
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よろこびの体験。
20120507
読者のとちさんからコメントを頂きました。
抜粋です。
−−−−−−−−−−
へんなさんの武士の子供話しと
我々と、状況の違いは、何でしょうか?
逃げられない事は、変わりない気がして
もちろん、自然災害として恩赦があって欲しいのですが・・・
−−−−−−−−−−
大災害=死を受け入れる話が続きました。
一連のシリーズを書いて感じたことは
逆説的にやはり未来は白紙であるということです。
生の本質は創造のよろこびだということです。
連休中は親戚集まり食事をとりました。
弟夫妻の子供たちはまだ小さいです。
甥っ子は絵を描く時は無心になっています。
表現することそのものがよろこびです。
根源の神様もまさしくかくありなんといった様相です。
人に認められるかどうかなんて全く気にしていません。
また創り出したものへの執着も全くありません。
描いている(創り出している)過程がよろこびです。
姪っ子はお人形にミルクを与えおしめを替えます。
時々私に「まるおじちゃん、こぇあげゅ」と
自分のお菓子を私にくれます。
もう、人に与えるのが彼女のよろこびでした。
世話をやいてあげるのが彼女のよろこびでした。
このおじちゃんはどれだけ見返りくれるんだろうか?
そのような打算は当然一切ないです。
私たちの魂の本質のよろこびはこれです。
創り出す体験。
与える体験。
さてこの魂の体験をこの現実界で実現するためには
欠かせない必要なものがあります。
それはこれらの創造に対する障害です。
邪魔する環境があるからこそ、
創造するという体験をあらわすことができます。
多くの人が不幸とか逆境と感じていることは
創造の体験の大前提となる障害です。
これらの障害を嫌だ嫌だと避ける間は
自らの創造体験を発露させることはできません。
そういう最悪な状況はありえることだと、
想定し受け入れることによって、
与えられた障害だったはずの環境は
創造を生み出す恩寵となります。
「創造」
新しい体験を自ら創り出すよろこび。
私たちの生活で同じ日は二度とあらわれないのと同じ。
私たち自身が根源の存在の雛形であるという意味。
「調和」
惜しみなく与えること。
母性。
「破壊」
破壊(=死)を避けて逃げるのではなく、
いつでも私たちの生活に常に起こりうることと想定し
それが起こることを受け入れることが
創造を発露させる条件となる。
破壊を受け入れること=創造
大人になった私たちは自我が大きくなりすぎて
創造するよろこびを忘れがちです。
損得とか人の顔色が重要です。
人に与えるよろこびを忘れがちです。
見返りがどれだけあるかが重要です。
災害や災難は考えたくもありません。
もし起こるとしても自分には起きないし
あるいは絶対起こって欲しくありません。
しかし、
創造の衝動と
与える衝動こそが
私たちの魂の本質であり
障害を創造に転換する体験こそが
時間限定で私たちが挑戦したいことです。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
生かして頂いてありがとう御座位ます
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ダモクレスの剣。
20120506
読者のFUYUさんからご質問を頂きました。
−−−−−−−−−−
質問ですが、まるぞうさんは今現在の東京は、地震が起きると思われますか?リーマンさんにしろまるぞうさんにしろ、未来は白紙だとおっしゃっていますが、関東に関しての地震はもう間に合わないのかと思われるニュアンスが多いと思います。もちろん私達の想念次第なんでしょうけども。
−−−−−−−−−−
北大の森谷教授のFM波の観測データでは
東北南部〜関東沖でM9レベルの地震は
もうとっくに起きてもおかしくない状況のようです。
但し残念ながら森谷教授のサイトは閉鎖されてしまったので
昨年11月の時点での情報です。
−−−−−−−−−−
もしもこのまま3月11日の地震の前と同じ経過をたどるとすれば,
再びM9クラスの地震が発生すると推定されます。
震央は東北地方南部沖から関東地方沖の日本海溝南部付近。
震源メカニズムが正断層である場合には海底地殻上下変動が大きいので
津波の振幅が大きく巨大津波になる可能性も考えられます。
発生時期は12月から2012年01月にかけて。
しかし地震エコーの衰弱からだけではピンポイントでの予想は難しいので
前震の発生や地震をトリガーする自然現象、
つまり磁気嵐や地球潮汐の観測などを監視していくことも重要。
−−−−−−−−−−
森谷教授のFM波測定による地震予知はほぼ100%でした。
その教授のデータからもう4ヶ月も無事でいます。
このことから示される事は次の2点です。
1、その地震はいつ起きてもいいほど
地中にはエネルギーが蓄積されている。
2、森谷教授の予測しえない未知の条件で
地震の発生が抑えられている。
この地震の発生を抑えた要因こそが
人類の想念の力です。
森谷教授の警告により多くの人の意識が
東北南部〜関東沖の地震に注目しました。
教授のサイトが閉鎖されるほど、注目されたのです。
その結界、未だにバランスが紙一重でバランスが保たれ
地震が起きないまま、今日に至っています。
ネットでも「○日に地震が来る予知夢を見た」という
話はあちこちで頻繁に出てきています。
ほとんどは本人の不安感が夢になっただけのものでしょうが
極僅かには、本当に隣り合わせの幽界の現実を
霊視した人もいるかもしれません。
しかしいずれもはずれたままです。
これはその霊視が当たらなかったのではなく
人類の意識によって、はずさせたのです。
もし多くの人の意識が向けられなければ
幽界に発生していた大地震にトレースするように
この現実界に発生したことでしょう。
かくのごとく人類の想念の影響力は大きいのです。
(それが穢土の交換条件の記事を書いた理由でもあります。
からっかぜに限らず、地震に限らず、戦争に限らず
油断していると周期的にこの土地は
焼土(穢土)に戻るのだと注目することで
交換条件回収の時期を遅らせることができるからです。
その間に人々の神性が発露すれば、
というチャンスはまだあると言えます。)
さて地震のエネルギーですが、この一触即発のまま
恒常的に人類がお付き合いしていくことになりそうです。
ちっとでも人類が油断すると大天災が襲います。
しかし防災意識と大自然への畏怖と感謝を持つ間は
それらの大天災の発動は抑えられます。
しかしちょっとでも油断したところから「ドカン」です。
この一触即発のまま何十年も過ごすということは
人類にとって厳しい状況に見えます。
もうお気楽な安全な時代には戻れません。
しかしこの状況こそが、恩寵であると思います。
できるだけ落ちこぼれを少なく
人類を次のステップに覚醒させるには
人類全体がダモクレスの剣の状況である。
ということです。
−−−−−−−−−−
ダモクレスの剣
ある日、ダモクレスがシチリアの僭主ディオニュシオスの権力と栄光を羨み、追従の言葉を述べた。すると後日、ダモクレスは僭主から豪華な宴の招待を受けた。 宴は贅を極めたものであったが、その豪華な席からダモクレスがふと頭上を見上げると、天井から今にも切れそうな細い糸(馬の尾の毛)で、剣が吊るされていた。 僭主ディオニュシオスは、ダモクレスの羨んでいる僭主という立場が、いかに命の危険をともなうものであるかを示したのである。
この故事から、ヨーロッパ文化圏で「ダモクレスの剣」は、常に戦々恐々としている状況、あるいはそのような状況をもたらすものの譬えに用いられるようになった。
−−−−−−−−−−
今までの生物の進化は過酷な状況を乗り越えることで
更なる能力を発露させて行きました。
次の世代の人類は、今回の試練を生き残ることにより
白紙の未来を自分の意志で自由に創造できる能力を持ちます。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
生かして頂いてありがとう御座位ます
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穢土契約。後編。
20120505
江戸の大火を調べて発見したことが幾つかありました。
それは現代の東京に住む人にとって
生き延びるために知っておく大切なことです。
一つ目は宵越しの銭は持たないという本当の意味でした。
この江戸っ子の代名詞と言える気質ですが、
交換条件のある土地に住む人々の知恵だったのです。
街が火災に包まれた時に生き残る方法は
裸一貫で安全な場所に逃げることです。
それでも助からない命もあるのです。
家や財産を助けようとすると間違いなく
火災に巻き込まれます。
江戸に起こる大火は回収の発動ですから、
事前にものを持たなければ回収は小規模で済みます。
あるいは発動の時期を遅らせることができます。
しかし家や財産にしがみつく人の想念が大きければ大きいほど
回収のスパンは短くなり、惨事も規模が大きくなるでしょう。
稼いだ富は貯め込むのではなく
困っている近所の人のために使うという
宵越し銭の江戸っ子の経済観念は
大火の回収発動を最低限に食い止める意味がありました。
その代わり自分が無収入の時期はまた誰かが奢ってくれます。
江戸の粋は、いつ街全体が丸焼けになって無一文に
なるかわからないという環境で人々が生み出した美学でした。
江戸城の天守閣が再建されなかったことも
大火の回収の発動を抑える意味もあったのでしょう。
そのおかげで初回の明暦の大火ほどの大惨事は
残りの48回の大火では起こりませんでした。
少なくとも江戸時代の間までは。
もし今の東京に大震災が起きたとしたら
同時に火災の回収が発動すると覚悟すべきです。
自分の命と家族の命以外のものは
全て火災という摂理に持って行ってもらう覚悟です。
大事な車も、
ローンが残っている家も、
貴金属宝石も、
手放せないないという執着が命取りになります。
昔の江戸の市民のように
裸一貫でも命が助かれば再建できますから。
私たち都民が直面しているのは、
交換条件の回収発動であることを常にお忘れなく。
二つ目は江戸の大火の周期です。
約50年に一度起きています。
これは大火を経験した世代が亡くなる時期に
また大火が発動するということです。
大火を経験した世代は、火の怖さを知っています。
そしていつまた無一文になっても良いと
残りの人生を覚悟して生きたことでしょう。
しかしその人たち世代が亡くなり
自分の財産に執着する人たちが増え出すと
川の氾濫による洪水のごとく
大火が人々の家や財産を灰に変えて行きます。
逆に人々が大火に用心して
無一文になることを覚悟している世代では
大火による回収発動は抑えられていました。
逆にいえば、現代の東京都民でも
無一文になることを潔く受け止められるのであれば
大火の回収の発動を遅らせることができるか
あるいは被害を最小限にできるということです。
三つ目は大火が起きる原因です。
江戸の大火は火の不始末や放火が原因でした。
多くの人は、江戸の大火はからっかぜという
気象現象でたまたま大惨事になったと思っています。
また大正と昭和にも東京には大火が起こっています。
大正の大火は大地震が原因でした。
昭和の大火は空襲が原因でした。
多くの人はそぞれは違う事件と思っています。
火の不始末やら地震やら戦争やら。
しかし交換条件の回収としては同じなのです。
回収はさまざまな災害に便乗して発動します。
東京に住む人はその認識が必要です。
ですから房総沖や南海トラフの連動地震で
太平洋側が大きな打撃を受ける場合は、
東京はそれらの地震や富士山噴火という被害の他に
大火災による契約の回収が同時に起きます。
東京だけは他の都市とは違うハンデがあるのです。
かつての江戸の市民のように
いつでも無一文裸一貫になる覚悟のみが
災害の被害を最小限にします。
四つ目は、厳しい言い方ですが、
この期に及んでも東京を離れられない人は
東京の風水の交換条件と契約している人です。
私もそうです。
東京に住むことのメリットを手放せないということは
残念ながらそういうことです。
風水という交換条件で、本来住めない土地が経済的に繁栄して
その繁栄した経済の恩恵で生活を成り立たせているわけですから。
五つ目は、幽界の縮小により風水の効果が消える時代です。
おそらく次に火災発動が起きたらそれが最後になるでしょう。
交換条件による東京の発展も失われることでしょう。
東京に集中していた人々も分散されることでしょう。
しかし以前のように江戸湾の干潟に自然が戻り
もう回収の大火で人命が奪われることがないのであれば
東京の規模が三分の一になるのも良いように思います。
京都御所が再び日本の中心になるかもしれません。
六つ目は、当然のことながら
次の交換条件の発動を起こさずに、風水の契約が
消滅していく未来もあり得ます。
交換条件で得ている借金を、
返済満期の前に利息とともに返すことができれば
回収が発動する前に契約を昇華することができます。
それはそこに住む人々の神性の発露によります。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
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穢土契約。中編。
20120504
天海僧正と徳川幕府は、30年の歳月をかけて
江戸湾および周辺の低湿地帯を
日本の中心都市へと人工的に改造しました。

改造対象となった低湿地帯は利根川や旧荒川が流れ
大雨のたびに氾濫する荒れ土地でした。
幕府は利根川や荒川を治水工事により流路を変え
またいくつかの風水の仕掛けにより
低湿地帯または埋立地である江戸を水害から守りました。
江戸の街づくりは水との戦いであったといえます。
江戸とは文字どおり水の街であったわけです。
穢土(えど)という人のすめないジメジメしたけがれた場所を
人が住めるように改造して生まれたのが江戸でした。
武蔵平野に施された江戸への風水の仕掛けは
治水だけではありませんでした。
戦国時代からようやく泰平の時代に移せたのです。
この泰平の仕組みを何百年も継続させる必要があります。
具体的には江戸を日本の政治経済の中心として発展させる。
そして徳川家を無事に存続させる。でした。
この目的のためには、他のものはある程度犠牲になっても
仕方がないという、強力なしかし交換条件のある
風水が江戸の街に仕掛けられていました。
この風水の仕組みは明治政府にも受け継がれました。
江戸(東京)はいまだに日本の中心どころか
世界有数の政治経済文化の影響を与える主要都市です。
また幕府の無血開城でも、第二次世界大戦終戦時も
江戸城(皇居)はその主を守りました。
さて風水都市江戸に仕掛けられた契約の
最初の回収が発動したのは、1657年でした。
3代将軍家光の時です。
天海僧正が亡くなって13年を過ぎた時です。
明暦の大火と呼ばれる大火事が発生しました。
犠牲者が10万人という大惨事でした。
江戸城の天守閣もそのとき火災旋風で炎上しました。

点線が徳川幕府以前の海岸線です。

明暦の大火の消失地域。

関東大震災の消失地域。

東京大空襲の消失地域。
明暦の大火はこの地域で発生した初めての大火でした。
なぜなら数十年前は海や湿地帯だからです。
明暦の大火で契約回収の型がつくられました。
それ以降定期的にこの型が繰り返されます。
−−−−−−−−−−
関ヶ原の戦い翌年の慶長6年(1601年)から、大政奉還の行なわれた慶応3年(1867年)に至る267年間に、江戸では49回もの大火が発生した。江戸以外の大都市では、同じ267年間で京都が9回、大阪が6回、金沢が3回などであり、比較して江戸の多さが突出しているといえる。
(Wikipediaより)
−−−−−−−−−−
定期的に「水」が氾濫して土地のものを
一切流して穢土とすることを封じたかわりに
「火」が土地の一切を焼き払う穢土事象が
交換条件として発動することになりました。
つづく
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
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穢土契約。前編。
20120503
今日書くお話は私の脳内の想像です。
避難想定シリーズで風水都市東京について調べている
経緯でいろいろ発見したことです。
たまにはこのような想像のお話にもお付き合いください。

縄文海進時代の関東地方です。
現在の東京下町や千葉埼玉の奥まで海でした。
白山に王朝があったつい最近の1〜2万年前のころは、
東京一帯は海だったのです。
この時代海だった場所は
今日では津波が要注意な地域です。
一見内陸でも貝塚が出る場所は
実はまだ標高的には海沿いだからです。
さて江戸時代が始まるまでは
東京都心と呼ばれるところは海か湿地帯でした。
関東地方は武蔵国と呼ばれていましたが
国府は今の府中市の大国魂神社の場所でした。
(津波が起きても大丈夫な場所)
国府そばの小野神社が武蔵国一宮でした。
室町時代以降は大宮の氷川神社が一宮とされましたが
いずれにせよ関東平野の内陸です。
東京23区あたりは、まだ海だったか、
あるいはいつも川が氾濫する低湿地帯でした。
人が住む場所とは見られていませんでした。
平安後期の豪族江戸氏が、現在の皇居東御苑付近に
江戸館を建てて住んでいました。
エトとはアイヌ語で突端という意味です。
江戸館は岬の先端に建てられた建物でした。
それから約250年後、太田道灌が江戸館跡に
江戸城を築城しました。
といっても石垣もなく、大きな館レベルだったようです。
その後、江戸城は徳川家康に受け継がれ、
30年という年月をかけて江戸を大都市としたのでした。
それまでのみやこであった、奈良や京都は
もともと風水的にも吉祥な場所が選ばれました。
しかし江戸は、人が住めない海や低湿地帯を
何十年もかけて改造して作り出された人口の都市です。
天海僧正による風水の仕掛けも無数にあるようです。
そのおかげで穢土(えど)であった低湿地帯が大都市になりました。
しかし江戸に住む人々は、
本来住める場所ではなかった所を
人工的な結界によって繁栄する街で生活するためには
定期的に代償を支払う必要があったのです。
見えない世界との契約は、あとで利息をつけて回収されます。
一度目の回収は、天海僧正が亡くなってまもなく発動しました。
江戸幕府の象徴である天守閣と
10万人の人々の命を奪った大火災としてです。
つづく。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
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避難想定シリーズで風水都市東京について調べている
経緯でいろいろ発見したことです。
たまにはこのような想像のお話にもお付き合いください。

縄文海進時代の関東地方です。
現在の東京下町や千葉埼玉の奥まで海でした。
白山に王朝があったつい最近の1〜2万年前のころは、
東京一帯は海だったのです。
この時代海だった場所は
今日では津波が要注意な地域です。
一見内陸でも貝塚が出る場所は
実はまだ標高的には海沿いだからです。
さて江戸時代が始まるまでは
東京都心と呼ばれるところは海か湿地帯でした。
関東地方は武蔵国と呼ばれていましたが
国府は今の府中市の大国魂神社の場所でした。
(津波が起きても大丈夫な場所)
国府そばの小野神社が武蔵国一宮でした。
室町時代以降は大宮の氷川神社が一宮とされましたが
いずれにせよ関東平野の内陸です。
東京23区あたりは、まだ海だったか、
あるいはいつも川が氾濫する低湿地帯でした。
人が住む場所とは見られていませんでした。
平安後期の豪族江戸氏が、現在の皇居東御苑付近に
江戸館を建てて住んでいました。
エトとはアイヌ語で突端という意味です。
江戸館は岬の先端に建てられた建物でした。
それから約250年後、太田道灌が江戸館跡に
江戸城を築城しました。
といっても石垣もなく、大きな館レベルだったようです。
その後、江戸城は徳川家康に受け継がれ、
30年という年月をかけて江戸を大都市としたのでした。
それまでのみやこであった、奈良や京都は
もともと風水的にも吉祥な場所が選ばれました。
しかし江戸は、人が住めない海や低湿地帯を
何十年もかけて改造して作り出された人口の都市です。
天海僧正による風水の仕掛けも無数にあるようです。
そのおかげで穢土(えど)であった低湿地帯が大都市になりました。
しかし江戸に住む人々は、
本来住める場所ではなかった所を
人工的な結界によって繁栄する街で生活するためには
定期的に代償を支払う必要があったのです。
見えない世界との契約は、あとで利息をつけて回収されます。
一度目の回収は、天海僧正が亡くなってまもなく発動しました。
江戸幕府の象徴である天守閣と
10万人の人々の命を奪った大火災としてです。
つづく。
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生き延びる遺伝子。その5。
20120502
大災害時の避難シミュレーションの記事を
10回に渡って書いてきました。
その中で感じたことは、
実際の災害は想定外の連続であろうということです。
そしてたとえ想定外であっても
臨機応変に生き延びるためには
いくつかの鉄則があると感じました。
それが生き延びる遺伝子という観点で書いた4つです。
「最悪パターン想定力」
「ナントナクの第六感守護力」
「静観する忍耐力」
「捨てる潔さ」
多くの避難記録や検証記事を読むと、
災害に巻き込まれる人たちには共通点があります。
一つ目は、そんな大災害は自分には起こらないという油断。
二つ目は、周囲に合わせて自分の内側の警告に従えなかったこと。
三つ目は、不安感に負けて静観できず動き回り危険に陥ること。
四つ目は、家財道具などの財産を捨てきれずに逃げ遅れたこと。
実はこの四つのポイントは
普段の生活の中でも
私たちが幸せに暮らすポイントでもありました。
自分の人生は苦しい辛いことばかりだ。と
嘆いている人に、幸運をもたらす視点でした。
一つ目は、今の自分はまだまだ恵まれているのに気づいていません。
最悪のパターンでどう生きるかを真剣に考えるべきです。
御両親もいつまでも健在とは限りません。など。
二つ目は、人の顔色を見ている限りは辛いばかりです。
顔色を伺う根本は自分かわいいからです。
自分のことより他人に心を配ることができる視点になって
初めて自分の内側のナントナクの声が判別できるようになります。
三つ目は、最大の努力をしたのであれば、
あとは天にお任せする忍耐力が幸運を連れてきます。
高次な存在ほど静観忍耐力が大きいように思います。
四つ目は、絶対に得たい、無くしたくないという
執着がその人を得られない、奪われた状況に縛り付けます。
−−−−−−−−−−
「絶対に」を捨てること
[2011-03-06 11:22:36 | 伊勢白山道]
この「絶対に」と、「思い詰める」がそろいますと、その人間は正常な判断を誤ります。異性関係や仕事においても、「絶対に」という思いが浮かんで来れば、みなさんも注意すれば良いです。他の隠れている良い選択肢を、見つけることが出来にくくするからです。
そもそも「絶対〜したい」という執念は、個人的な執着です。個人の執着の場合には、「絶対」にという思いは逆に達成しにくいブレーキを掛けることに成りがちです。自分の意識にムダな漏電が発生しています。
−−−−−−−−−−
大災害に直面する今の状況は厳しいことです。
しかしいつ大災害が起きるかという状況だからこそ
上記の4つのポイントの目覚めのチャンスです。
−−−−−−−−−−
ただいま〜と帰りましょう
[2012-04-01 10:40:06 | 伊勢白山道]
このような鬼気迫る演出(災害)の御蔭で、逆に人間は「その中で」大切な愛情に気付かされることが起こるのです。神の視点が人間には理解出来ない点の1つが、ここに在ります。
人間の魂が、死ぬことが無い存在であることを知るゆえに神は、人間の人生時間よりも「気付き」を優先されるのです。
−−−−−−−−−−
この4のポイントの形質を活性化させると
見えない遺伝子の経路(霊線)を通じて
縁ある方々に共有化されることになるのでしょう。
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生き残る遺伝子。その4。
20120501
−−−−−−−−−−
「流れ」によるミソギ(禊)の神意
[2012-04-19 10:25:25 | 伊勢白山道]
人生とは、明るい意味での「捨てる練習」の場所だということなんです。
私たちは、最後まで何も持つことが出来ません。許されないのです。神様が、そのように初期設定をしています。
最後には、肉体も捨てることに成ります。
だから、自分が持とうとするから、苦しむことに成る側面が在ります。
−−−−−−−−−−
関東大震災で東京の本所被服廠跡地では4万の方が
亡くなりましたが、同様に火災旋風が発生した
横浜公園ではほとんど人命被害はありませんでした。
その理由として、
横浜公園は樹木が多かったため、
伏せた人々が旋風に巻き込まれずにすんだとか
水道管の破裂で地面が水浸しになっていたとか
いろいろ理由があげられておりますが
最も大きな原因は避難民の荷物でした。
横浜地区は建物の倒壊率が高かったため
逃げ出した人はほとんど荷物を持ちませんでした。
しかし墨田区では倒壊した建物が少なく
多くの避難民は荷車や行李などに家財道具をいれて
被服廠跡地に避難したのでした。
そして火災旋風により荷物に火が付き
その炎と煙にまかれて命を落としたのでした。
逃げ出すときに家財道具を捨てていれば
助かった多くの命でした。
50年に一度大火があった江戸時代では
火事の時は家財道具を持って逃げてはいけませんでした。
違反すると厳重に処罰されました。
火災都市という長い歴史がたどりついた知恵でした。
しかし明治に以降し大正となり
避難の時は家財道具を持たないという習慣もきまりも消え
ほとんどの人は家財道具を持ち出して逃げ、
家財道具とともに焼かれてしまいました。
岩手の三陸海岸にも
「津波てんでんこ」と呼ばれる伝承があります。
−−−−−−−−−−
「てんでんこ」は、「各自」「めいめい」を意味する名詞「てんでん」に、東北方言などで見られる縮小辞「こ」が付いた言葉。すなわち、「津波てんでんこ」「命てんでんこ」を直訳すると、それぞれ「津波はめいめい」「命は各自」となる。
「津波てんでんこ」「命てんでんこ」を防災教訓として解釈すると、それぞれ「津波が来たら、取る物も取り敢えず、肉親にも構わずに、各自てんでんばらばらに一人で高台へと逃げろ」「自分の命は自分で守れ」になるという。また、自分自身は助かり他人を助けられなかったとしてもそれを非難しない、という不文律にもなっている。
2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)においては、「津波てんでんこ」に反して自宅に家財道具を取りに行ったり、家族を迎えに行ったりして、結果津波に飲み込まれるケースが各所で発生した。
他方、釜石市立釜石東中学校では「津波てんでんこ」を基に、生徒たちが教師からの指示も待たずに各自高台へと避難した。その結果、校舎が津波に飲み込まれたにも関わらず、登校者全員の無事が確認され、「釜石の奇跡」とマスコミなどにもてはやされた。
(Wikipediaより)
−−−−−−−−−−
大災害で生き残れる人とそうでない人を分ける
四つめの遺伝子形質は「捨てる潔さ」です。
結局311から一年経って
首都圏や東海の海岸沿いから離れることができない人は
この「捨てる潔さ」という点で
第一ラウンドは負けです。
せめて大災害が発生したときは
もう取るものもとりあえず「てんでんこ」避難を
しなければ、生き残るのは難しいでしょう。
家財道具(=持つこと)への執着は身を滅ぼします。
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生き残る遺伝子。その3。
20120430
実際私たちが大災害に遭遇したとして、
ほとんどが想定外の連続でしょう。
もうよりによってこんな場所で、
もうよりによってこんなタイミングで、
という状況を覚悟するべきです。
実際の避難事態では、その瞬間その瞬間、
臨機応変に判断しなくてはならなくなります。
津波対策で20m以上を想定しましょう。というのは、
19mなら水に浸かっちゃうけど、
21mなら助かりますよ。という意味ではありません。
日頃からどの場所でも20mを想定していれば、
40m津波が来たとしても、
何とか臨機応変に避難できる可能性が
少しでも高まるでしょう。という意味です。
みなさんがお知りになりたいのは、
絶対に助かる避難シミュレーションマニュアルです。
しかし災害とは油断した時に、
思いもかけない状況で起きます。
災害本番で生き残るということは、
その瞬間その瞬間応用力が試されるということです。
一番よろしくないのは油断したまま危機を想定しないことです。
避難想定で津波と火災旋風を取りあげたのは、
油断によって多くの人命が失われたからです。
ここには津波はこないよ。とか、
まさか広域避難所には火火災はおきないよ。という
まさかのさかで大惨事が発生したのでした。
ですから、標高何メートル以上なら大丈夫。だとか
面積何平方メートル以上なら大丈夫。だとかは、
普段の防災シミュレーション訓練としては大切なことですが
本番は何が起こるかわからない。という覚悟が大切です。
東京湾の津波が120mを超える可能性もあるのですから。
そして避難のタイミングと避難先ですが、
決して他人の顔色を基準にしてはいけません。
自分の直感にどれだけ忠実になれるか。です。
これは普段のその人の生き方と同じです。
自分自身に忠実に生きようとすることは、
その人の「第六感守護力」の感応を助けます。
ここなまでが前回のお話でした。
さて生き残るために必要とされる三つ目の形質は
「静観忍耐力」です。
自分の不安感に打ち勝つ忍耐力のことです。
地下鉄や地下街やショッピングセンターで
大地震に遭ったとしましょう。
非常灯以外は停電で消えてしまいますから
そこにいる人々はパニックになるでしょう。
全員非常出口(と思われる)の方向に殺到するでしょう。
群衆パニックに巻き込まれると生存率は著しく下がります。
自分はパニックにならないだけではなく、
まずは殺到しているところからの避難が必要です。
自分自身が落ち着くための携帯電話の非常灯でした。
まずは自分自身が自分の不安感を
克服しなくてはいけません。
不安感に飲み込まれちゃうような
弱い意志力だと、遺伝子を子孫に残せないな〜と
覚悟して、冷静さを保たなければなりません。
東京都民はこの一年間に3回も帰宅困難に遭遇しました。
一度目は311。二度目は大型台風15号。三度目は爆弾低気圧。
災害時は仕事を早く切り上げさせて
社員を帰宅させることが一般的な風潮になってきました。
しかしこれは本当に危険なことだとおもいます。
房総沖地震や関東直下型地震であれば、
外を長時間歩くことは津波や火災に巻き込まれる
危険が高いからです。
しかし多くの人は、会社や近くの安全なビルに避難して
被害がおさまるまで待とうとは思っていないようです。
とにかく行ける所までは歩いて行こうと
まず帰宅しようと動き出す人が多いようです。
なぜ彼らはそんなに急いで帰宅しようとするのか。
それは不安感を抑えられないからです。
この非常な状態から少しでも安全な場所に逃げたい。
その衝動が、なにはともあれ家まで歩き出そう
そういう判断をさせてしまうのです。
「動いちゃダメだよ〜」という守護本能の声に耳を傾けず
ただただ今この不安感から逃げるために
闇雲に(大勢の人たちと)幹線道路を歩き出すのです。
自分の不安感を解消したいという衝動だけで
家族や知人に「大丈夫?」メールや電話を繰り返すのは
あまり賛成できません。
自分が安全と思われるところにまで避難したならば
伝言掲示板に安全であることを告げ、
あとは津波の危険が消えるまで、
あるいは火災の恐れが消えるまでは、
とにかくうろちょろしないでジッとすることが
生き残る確率を少しでも高めることです。
こんな暗闇でジッとしていていいのだろうか、
他の人たちのように、ここを出た方がいいのではないだろうか。
そんな不安とともに数時間じっとしているのは辛いことです。
ここだって本当に安全とは限らないです。
次の一波でここまで浸水するかもしれない。
煙で酸欠を起こすかもしれない。
その瞬間その瞬間で最善の選択肢は
第六感の守護力によって本人に知らされます。
しかし他の人が動かないから大丈夫だろうとか
とにかく自分の不安感に耐えられないから
動き回らざるを得ないなどが、
最良の選択を誤らせます。
静観できる忍耐力のない人は
人生、裏目裏目に出ることが多いです。
災害避難の時もまた同じでありましょう。
神様とは静観忍耐力そのものといって良いでしょう。
私たちが災害に遭ったときに、
私たちが自分の遺伝子を後世に伝える価値があるかという
三番目の要素が「静観忍耐力」であると言えます。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
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お知らせ。
20120429
本日は記事はお休みです。
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生き残る遺伝子。その2。
20120428
房総沖と南海トラフの二つ目と三つ目の大地震を
迎えるに当たって、私たちが心に
留めておくべきことがあります。
−−−−−−−−−−
[2012-03-11 11:10:55 | 伊勢白山道]
被災者故人の大半が、古くから同じ土地に住む日本人の方々です。
日本の遺伝子を強く引き継ぐ方々が亡くなられた霊的な意味は、国全体にとって非常に大きいです。
何かを肩代わりして、代表するような殉死です。
−−−−−−−−−−
多くの東北の方々が犠牲になって
示してくださったことを踏まえて
私たちがどう次の大震災を迎えるかということです。
もう想定外という言葉は使えません。
科学的にも政府公式見解でも大地震が来ることが
この数ヶ月で次々と明らかになっています。
小難や無難にすることを含めて
高いハードルが私たちに示されています。
さて私たちが次の世代の人類として
伝えるべきべき遺伝子の形質の一つは
「最悪パターンを脳内で昇華させる能力」でした。
起こってほしくないことから目をそむけるのではなく、
積極的に想定し、受け入れ覚悟することで、
最悪パターンが現実化することを消す能力です。
二つ目の次世代人類に残し伝えるべき形質は
「ナントナクの第六感守護力」です。
避難すべきタイミングを逃さずにすむかどうかは
「同調バイアス」に打ち勝てるかどうかです。
誰も避難していないのに、
自分だけ逃げるのってやっぱり変だな。
本当に危なかったらみんな逃げてるはずだもんな。
誰も避難してないからここは大丈夫何だよ。
そうして火災や津波に巻き込まれます。
実は人は全員「ナントナクの第六感」で守護されています。
逃げるべきタイミング、
逃げるべき方向、
その時点での最善の選択肢が示されています。
数十億年生き延び続けた遺伝子の生存能力であり
霊的には子孫を守護するご先祖さまの導きともいえます。
どちらも同じものです。
運が悪かったとか、判断が甘かったというケースで
命を落とすことの大半は、
残念ながらナントナクの第六感に
従うことが出来なかったのであろうと思います。
このダイレクトに「生き延びる能力」が強いかどうかが
その人の遺伝子が残されるかどうかの境目になります。
このナントナクの第六感守護力は、
私たちの日頃の生活の中で伸ばすことができます。
逆に弱めることもできます。
人の顔色ばかり気になる人は
自分の第六感と同調するのは難しいかもしれません。
普段から身近な困っている人を
手伝ってあげようという母性の人は
第六感の守護力と同調しやすいです。
人を助けてあげようという自分の心の波長と、
自分を助けようという守護力の波長は同じだからです。
日頃からまわりの人を助けてあげようという母性の人は
生命の危機に瀕した時の自分を守るバリアも強いですよ。
ナントナクの第六感が勝手に発動して
自分だけでなく周囲の人も一緒に助けるでしょう。
逆に日頃から自分の心配だけの人は
せっかくの守護力も同調しづらいです。
ご先祖さまも残念であろうと思います。
私たちの生活は
日々大難が小難に変わって助かっています。
小難で助かったといつも認識できる人は
やはり小難に変える守護力はどんどん強くなるでしょう。
しかし小難に変えてもらったことにも心を配れず
なんでこんなことが起きるんだよ〜と
毎日不満が多いばかりの人は
小難に変わる守護力と同調することができず
大難が大難のまま遭遇したり、
ぎゃく小難のはずが利息がついて大難になったりするかも。
大災害で生き残れる第六感の守護力の遺伝子は
日頃の生活で培われています。
逆境でも明るくこなせる生き方。
他人の目を気にしてばかりで実は自分がかわいい、ではなく
相手が困っているんだから助けてあげなきゃという母性。
が、人類が全員持っている、第六感の守護力を強めます。
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迎えるに当たって、私たちが心に
留めておくべきことがあります。
−−−−−−−−−−
[2012-03-11 11:10:55 | 伊勢白山道]
被災者故人の大半が、古くから同じ土地に住む日本人の方々です。
日本の遺伝子を強く引き継ぐ方々が亡くなられた霊的な意味は、国全体にとって非常に大きいです。
何かを肩代わりして、代表するような殉死です。
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多くの東北の方々が犠牲になって
示してくださったことを踏まえて
私たちがどう次の大震災を迎えるかということです。
もう想定外という言葉は使えません。
科学的にも政府公式見解でも大地震が来ることが
この数ヶ月で次々と明らかになっています。
小難や無難にすることを含めて
高いハードルが私たちに示されています。
さて私たちが次の世代の人類として
伝えるべきべき遺伝子の形質の一つは
「最悪パターンを脳内で昇華させる能力」でした。
起こってほしくないことから目をそむけるのではなく、
積極的に想定し、受け入れ覚悟することで、
最悪パターンが現実化することを消す能力です。
二つ目の次世代人類に残し伝えるべき形質は
「ナントナクの第六感守護力」です。
避難すべきタイミングを逃さずにすむかどうかは
「同調バイアス」に打ち勝てるかどうかです。
誰も避難していないのに、
自分だけ逃げるのってやっぱり変だな。
本当に危なかったらみんな逃げてるはずだもんな。
誰も避難してないからここは大丈夫何だよ。
そうして火災や津波に巻き込まれます。
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逃げるべきタイミング、
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数十億年生き延び続けた遺伝子の生存能力であり
霊的には子孫を守護するご先祖さまの導きともいえます。
どちらも同じものです。
運が悪かったとか、判断が甘かったというケースで
命を落とすことの大半は、
残念ながらナントナクの第六感に
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その人の遺伝子が残されるかどうかの境目になります。
このナントナクの第六感守護力は、
私たちの日頃の生活の中で伸ばすことができます。
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普段から身近な困っている人を
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第六感の守護力と同調しやすいです。
人を助けてあげようという自分の心の波長と、
自分を助けようという守護力の波長は同じだからです。
日頃からまわりの人を助けてあげようという母性の人は
生命の危機に瀕した時の自分を守るバリアも強いですよ。
ナントナクの第六感が勝手に発動して
自分だけでなく周囲の人も一緒に助けるでしょう。
逆に日頃から自分の心配だけの人は
せっかくの守護力も同調しづらいです。
ご先祖さまも残念であろうと思います。
私たちの生活は
日々大難が小難に変わって助かっています。
小難で助かったといつも認識できる人は
やはり小難に変える守護力はどんどん強くなるでしょう。
しかし小難に変えてもらったことにも心を配れず
なんでこんなことが起きるんだよ〜と
毎日不満が多いばかりの人は
小難に変わる守護力と同調することができず
大難が大難のまま遭遇したり、
ぎゃく小難のはずが利息がついて大難になったりするかも。
大災害で生き残れる第六感の守護力の遺伝子は
日頃の生活で培われています。
逆境でも明るくこなせる生き方。
他人の目を気にしてばかりで実は自分がかわいい、ではなく
相手が困っているんだから助けてあげなきゃという母性。
が、人類が全員持っている、第六感の守護力を強めます。
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生き残る遺伝子。その1。
20120427
−−−−−−−−−−
[2012-04-15 11:11:30 | 伊勢白山道]
これから、移動しない・移動出来ない日本人が、どれだけの遺伝子を未来に残すことが出来るのか?
現代人は御金に負けた・殺されたと古代人は思うかも知れません。
しかし、私たちは財産と共に生きるという前代未聞の選択と挑戦を、大自然に対して行いつつあります。
財産の価値が分からない子供には、今の大人が奇妙な「裸の王様」に見えるかも知れません。
本当に大切なモノが見えなく成っているかも知れませんね。
−−−−−−−−−−
東京にとどまり続けている自分にとっては
この言葉は大変厳しいものです。
数十億年の生物の進化をみると、
逆境と呼ばれる天変地異が起きるたびに
生物はそれを乗り越えるように遺伝子を進化させて来ました。
今回日本列島の、房総沖と南海トラフで発生する大地震によって
日本人はどのような遺伝子を後世に残すのでしょうか。
自分が後世に残すべき遺伝子の性質とは何か?
という観点で防災シミュレーションをすることは大切です。
私たちが直面する天変地異の災害とは、
私たちが遺伝子を次に伝えるフィルターでもあります。
次世代の人類が持つべき遺伝子の形質は
これから述べる4つがあげられます。
もし私たちがこれらの4つの性質を少しでも
進化させることができていれば
災害時でも生き延びる確率が少しでも高まります。
多くの人類が進化すれば
大災害自体の発生を昇華させることもできるでしょう。
まず次世代人類が獲得すべき能力とは、
「最悪パターン想定能力」です。
前回までの避難想定シリーズでは、
随分厳しいシミュレーションを書いてきました。
読むのが辛かった方がも多かったことでしょう。
しかしそれでも乗り越えて最後まで読まれた方々みなさんには
心から御礼を申し上げたいと思います。
東京が直面している地震と火災の危険性について
危険地域に住んでいる知人に少しだけ話すと
「いや〜。だってどこに逃げてもおんなじでしょ。」
と言って思考を止めていました。
このように最悪パターンについて考えたくないと
思考を止めることが最悪なのです。
「備えあれば憂いなし」とはこの世界の創造の原理です。
思考を止めた最悪パターンは、人類の無意識で創造されます。
次世代人類の能力として特筆すべきなのは
自分の想念をかなり自在に現実化させる力です。
これは今の人類も持っていますが、
殆んどの創造力は漏電して、本人の願望とは反対に働きます。
創造力の極意とは、
起こって欲しいことを強く願うのではなく、
起こって欲しくないことを真正面から受け入れることにあります。
第一段階として最悪パターンの事実を受け入れることです。
もうこれだけで最悪パターンの発生の縁は、
人間の脳内の創造力で昇華されます。
第二段階はそれに備えた行動を実際に起こすことです。
行動は現実界ではとても強い力を空間に刻みます。
第三段階はその最悪パターンが起こり得ることを受け入れることです。
財産や地位を全て失うかもしれないこと、
自分の健康や命を失うかもしれないこと、
そして厳しいですが自分の家族を失うかもしれないこと、
これらの最悪パターンは起こり得るかもしれないと
受け入れることです。
「感謝想起でも三本供養でも何でもするから、
自分の財産や命や家族だけは救って〜。
天変地異は自分のところには起こらないで〜。」
という気持ちはわかりますが、
そういう失う恐怖が最大の漏電です。
一番恐れている現実を引き寄せます。
考えれば自分が持っているものは、
全てお返しするものばかりです。
愛する家族と一緒に過ごせるのも、
数えられる回数しかないのです。
だからお互い最善を尽くしても
別れなければならない状況が来るのであれば
それは静かに受け入れるべきことです。
私が生き残る側なら先立った家族を絶対に安心の境地まで引き上げます。
私が去る側なら生き残った家族を最大の守護で守ります。
逆に平和なアタリマエの今が如何にありがたいか。です。
第四段階は、現状がありがたいと感謝できることです。
最悪パターンの想定は現状への感謝にまで繋がります。
これらの段階により想念の現実干渉力を最大にします。
次世代の人類は起きて欲しいことを強く願うのではなく、
起きて欲しくないことを脳内で受け入れ昇華することによって
現実を自分の意志に沿うように創りあげることができます。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
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[2012-04-15 11:11:30 | 伊勢白山道]
これから、移動しない・移動出来ない日本人が、どれだけの遺伝子を未来に残すことが出来るのか?
現代人は御金に負けた・殺されたと古代人は思うかも知れません。
しかし、私たちは財産と共に生きるという前代未聞の選択と挑戦を、大自然に対して行いつつあります。
財産の価値が分からない子供には、今の大人が奇妙な「裸の王様」に見えるかも知れません。
本当に大切なモノが見えなく成っているかも知れませんね。
−−−−−−−−−−
東京にとどまり続けている自分にとっては
この言葉は大変厳しいものです。
数十億年の生物の進化をみると、
逆境と呼ばれる天変地異が起きるたびに
生物はそれを乗り越えるように遺伝子を進化させて来ました。
今回日本列島の、房総沖と南海トラフで発生する大地震によって
日本人はどのような遺伝子を後世に残すのでしょうか。
自分が後世に残すべき遺伝子の性質とは何か?
という観点で防災シミュレーションをすることは大切です。
私たちが直面する天変地異の災害とは、
私たちが遺伝子を次に伝えるフィルターでもあります。
次世代の人類が持つべき遺伝子の形質は
これから述べる4つがあげられます。
もし私たちがこれらの4つの性質を少しでも
進化させることができていれば
災害時でも生き延びる確率が少しでも高まります。
多くの人類が進化すれば
大災害自体の発生を昇華させることもできるでしょう。
まず次世代人類が獲得すべき能力とは、
「最悪パターン想定能力」です。
前回までの避難想定シリーズでは、
随分厳しいシミュレーションを書いてきました。
読むのが辛かった方がも多かったことでしょう。
しかしそれでも乗り越えて最後まで読まれた方々みなさんには
心から御礼を申し上げたいと思います。
東京が直面している地震と火災の危険性について
危険地域に住んでいる知人に少しだけ話すと
「いや〜。だってどこに逃げてもおんなじでしょ。」
と言って思考を止めていました。
このように最悪パターンについて考えたくないと
思考を止めることが最悪なのです。
「備えあれば憂いなし」とはこの世界の創造の原理です。
思考を止めた最悪パターンは、人類の無意識で創造されます。
次世代人類の能力として特筆すべきなのは
自分の想念をかなり自在に現実化させる力です。
これは今の人類も持っていますが、
殆んどの創造力は漏電して、本人の願望とは反対に働きます。
創造力の極意とは、
起こって欲しいことを強く願うのではなく、
起こって欲しくないことを真正面から受け入れることにあります。
第一段階として最悪パターンの事実を受け入れることです。
もうこれだけで最悪パターンの発生の縁は、
人間の脳内の創造力で昇華されます。
第二段階はそれに備えた行動を実際に起こすことです。
行動は現実界ではとても強い力を空間に刻みます。
第三段階はその最悪パターンが起こり得ることを受け入れることです。
財産や地位を全て失うかもしれないこと、
自分の健康や命を失うかもしれないこと、
そして厳しいですが自分の家族を失うかもしれないこと、
これらの最悪パターンは起こり得るかもしれないと
受け入れることです。
「感謝想起でも三本供養でも何でもするから、
自分の財産や命や家族だけは救って〜。
天変地異は自分のところには起こらないで〜。」
という気持ちはわかりますが、
そういう失う恐怖が最大の漏電です。
一番恐れている現実を引き寄せます。
考えれば自分が持っているものは、
全てお返しするものばかりです。
愛する家族と一緒に過ごせるのも、
数えられる回数しかないのです。
だからお互い最善を尽くしても
別れなければならない状況が来るのであれば
それは静かに受け入れるべきことです。
私が生き残る側なら先立った家族を絶対に安心の境地まで引き上げます。
私が去る側なら生き残った家族を最大の守護で守ります。
逆に平和なアタリマエの今が如何にありがたいか。です。
第四段階は、現状がありがたいと感謝できることです。
最悪パターンの想定は現状への感謝にまで繋がります。
これらの段階により想念の現実干渉力を最大にします。
次世代の人類は起きて欲しいことを強く願うのではなく、
起きて欲しくないことを脳内で受け入れ昇華することによって
現実を自分の意志に沿うように創りあげることができます。
今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
生かして頂いてありがとう御座位ます
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